小説コンテンツ一覧

きみのチョキにパーしたい

 思い出しても暑い夏の話。  汗は背中から腰へと流れていた。  湖はカリブ海を彷彿とさせる色をしていて、風は、  え? はい? わたしの名前?  あの、どちらさまでしょうか?  本番中なんで。後でもいいですかね?  カリブ海?  はぁ、言いましたけど。いや、行ったことないです。何か?  カリブの人? (カリブって何だろ?)  そうですか。… [more]

朝沼のメリーン

 1 「県全域に大雪警報が発令されています。きちんと窓を閉じ、防寒に努めましょう」  もう何度目か分からない棟内放送が流れて、首を動かすことの出来る人々はそれぞれの窓の外に緩慢に降り続く白くぼってりとした雪をまた眺めた。  年代物の建屋ではあったが、二重窓である上にそれぞれの窓の足元には旧式の暖房も備えられていて、外界の寒さはみっちり遮断… [more]

予感

 インタホンが鳴った。  てっきり壊れていると思っていたので、本来なら面倒なだけのインタホンの音も美しく聴こえた。  部屋はマンションのの五階。一基しかないエレベーターにはずっと「修理中」の張り紙。引っ越してきて五年になるが、一度も修理が終わった事が無いどころか、修理している様子も無かった。  そんな五階の部屋に階段でわざわざ訪ねてくる勤… [more]

SANITY

 1  いつ来よってもひっでえ街だん。なんだん格好つけよって。どこ格好つけとる言うんよヲイ。うちのどこがど格好つけとる言うんよ。そうんよ。そん覚えたてみたいな日本語んよ。黙れポンコツ。ポンコツ黙っとろ。何がひでえ街か。意味分かて言うとんか? 意味の意味分かよんか。日本人ぶりってよん。うちは、日本人なんよ。格好つけとんはお前の方よ。さっから… [more]

わたしたちは似道についてあまりに何も知らない

 かちゃかちゃかちゃ  2013年12月30日。曇り。  かちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃ  2013年12月30日。曇り。夕暮れ頃から風、強く、  かちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃ  不安を森… [more]

今宵ポーラへ(2021)

 『李箱のモダニズム研究 1936 年を中心に』(東京大学大学院総合文化研究科博士学位論文 崔真碩)という論文を、たまたまwebで見かけて読んだ。PDFで188頁、原稿用紙にして550枚にも渡る大作であったが、一気に読み切ることになった。  崔真碩という方のことは申し訳ないが存じ上げない。お幾つくらいの方なのか、男性なのか女性なのか、現在… [more]

ふゆふぉな

         バイパス沿い、時代遅れのレストラン。好き? 好き。    朝ですか? いいえ、真夜中。    朝でしょう? そうだね、もう明け方。    煌々と明るい大きな窓。    夜明け前の空が一番暗いって誰かが言ってたよ。    窓際の席では… [more]

はじめての友達と詩集の作り方

         名前 1  青井麻子。十九才。  大検は合格しました。今は予備校に通って、次の春に大学に入学したいと思っています。 「これは、あなたが二才のときに書いたお話」  おかあさんがそう言って見せてくれたのが、この本です。  はじめて見せてもらった時から、こんなにボロボロでした。  今になって思えば… [more]

これでおねつはかってしばらくおまちください

       倍音階全鍵録音方式に似て  いまのはソのおと。  これはレのおと。  ド♯。  またド♯。  いまのはわかった?  ぜんぜん。  ファ。  ソ。  ソレ。  ソレソ♯。  しずかだ。  シだ。  いまのは?  シでしょ?  あってる。  ほんとに?  うそ。  なにかんがえてんの?  ともだちの… [more]

ちがうでしょお

     涙の向こうに来たるべきものに手をかけて。  狂ったように強いシャワーがプラスチック製の椅子に座り込んだ彼女の頭の先から降り注ぎ、黒く長い髪はじっとり重く濡れて首に絡みついている。朝から不吉な熱い雨。霧の中に忘れ去られた石灰岩の塑像のように孤独なポーズ。美しい背中を細い川が蛇行し、尻の谷間へと流れ込んでいく。北… [more]

あの組曲

       もうすぐ深い霧に包まれることを動物達は知っていたようで、うきうきとしたような、そわそわとしたような、足音や息遣いがその大きな沼の周りに満ちていました。  やがて名も無ければ顔もない指揮者が息を止め、その場に居合わせた様々な形をした者達のざわめきが引いて、彼らの謙虚で無垢な視線が尖った指揮棒の先に… [more]

ん2

         コトちゃんのこと  有名なスナック「うかあれ」の中でも、あまり人気のないコトちゃんが言っていた。  コトちゃんは滅多に話さないので、その声は貴重だ。  常連客達の最低に上品な笑い声。ママ達の激しすぎる相槌。そして止めどなく湧き出てくる色褪せぬ冗談の渦の中に、コトちゃんの言葉は弱々しく浮かんだ。  あた… [more]

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