倍音階全鍵録音方式に似て いまのはソのおと。 これはレのおと。 ド♯。 またド♯。 いまのはわかった? ぜんぜん。 ファ。 ソ。 ソレ。 ソレソ♯。 しずかだ。 シだ。 いまのは? シでしょ? あってる。 ほんとに? うそ。 なにかんがえてんの? ともだちの… [more]
涙の向こうに来たるべきものに手をかけて。 狂ったように強いシャワーがプラスチック製の椅子に座り込んだ彼女の頭の先から降り注ぎ、黒く長い髪はじっとり重く濡れて首に絡みついている。朝から不吉な熱い雨。霧の中に忘れ去られた石灰岩の塑像のように孤独なポーズ。美しい背中を細い川が蛇行し、尻の谷間へと流れ込んでいく。北… [more]
もうすぐ深い霧に包まれることを動物達は知っていたようで、うきうきとしたような、そわそわとしたような、足音や息遣いがその大きな沼の周りに満ちていました。 やがて名も無ければ顔もない指揮者が息を止め、その場に居合わせた様々な形をした者達のざわめきが引いて、彼らの謙虚で無垢な視線が尖った指揮棒の先に… [more]
コトちゃんのこと 有名なスナック「うかあれ」の中でも、あまり人気のないコトちゃんが言っていた。 コトちゃんは滅多に話さないので、その声は貴重だ。 常連客達の最低に上品な笑い声。ママ達の激しすぎる相槌。そして止めどなく湧き出てくる色褪せぬ冗談の渦の中に、コトちゃんの言葉は弱々しく浮かんだ。 あた… [more]
文ちゃんはいつも思案顔です。思案顔なのでぼくは不安になります。文ちゃんは何かをいつも考えている。何を考えているのか、とか、どういうふうに考えているのか、とか、そういうことは全然わかりません。友達の輪の中で話を聞いている時の文ちゃんの笑顔も、ぼくには思案顔に見えます。国語の時間に立って朗読している横顔も他のクラ… [more]
迷子になった飛行機が東の方角へ流れていく。私達は冷たい部屋の中からそれを見送っている。私達の冷たい床と壁の部屋の外には途切れることのない雑踏がある。飛行機、そっちに行っても何もないよ。陸も国も村も果ても。機体に大きく描かれた「我ら、汝らと我らの望んだ侭に」の引用を見ながら、そういうことなら私達も同罪かもしれな… [more]