丘の上の貯蔵庫には誰一人近づく者はいなかった。 いつからあれがあるのか、俺は一度ばあちゃんに訊いたことがある。ばあちゃんは、この辺りは空襲がなかったさけ、家も畑も残ったおかげで、あんたのひいおじいさんは余所へ逃げなんでもこの土地で暮らすことができたんや、一家八人、助け合うて必死で生きて、子供も生まれて孫も増えて、その子ら… [more]
高校に上がるくらいまで、水太(みずた)はよく絵を描いていた。 覚えているのは茶色の表紙のノートブック。2Bの鉛筆。アクリルの8色セット。モノクロームの絵ばかり描いていた時、ふと思い立って色をつけてみたことがあった。ところが完成した絵は、気付けば自分の思っていたものと全然違ってしまっていて、それきりカラーは使… [more]
自分の生まれ故郷のことを風子はよく知らなかった。五歳の頃に引っ越したからだ。実家はもうなかった。時間貸しの駐車場になっていた。 新築だったのにね。 彼女の父と母は、その家のことを思い出したくないようだった。家のことはよく分からない風子だが、その気持ちはよく分かると思った。 私だって、買った… [more]
あまり知られていないことだが、俺の実家である「ヘアサロン平口」の朝は早い。普通の会社員が眠い目を擦りながら歯磨きをしている頃、親父は既に制服に着替え、ソファーに座りながら客が来るのをじっと待ちかまえている。しかしもちろんそんな時間から客など来るはずも無く、俺は親父を尊敬するどころか少し頭が弱いんだろうと思っている。 毎朝… [more]