夏のしにがみ
そうしてみんなは鳶になって、あべちゃんが森の中でゆっくりと死神になっていく様子を、お空の上から眺めていました。
え、あたし?
あたしはちょっと手伝っただけですよ。
だって、一人で見るのが怖かったから。
あの森には死神がいました。
死神はガイコツのマスクをかぶり、古びた真っ黒なぼろ切れを羽織り、マキタの電動草刈り機を持ってそこに立っていました。あべちゃんにはその人が誰だかすぐに分かったようでした。
「こんなところに入ってきてはだめ」と死神は言いました。
「宿題なんよね」とあべちゃんは笑いました。
死神が肩を震わせて泣いているのが少し離れたあべちゃんにも分かりました。あべちゃんはその時初めて、自分がこの世の危険な領域に足を踏み入れていることに気付きました。
「勝負しよう」
「いいえ。あなたが勝つことはないの」
「勝ちたいわけじゃないよ」
死神は諦めたように肩の力を抜きました。あべちゃんは死神に近付くと、そっとマスクに手をかけ、次の瞬間、素早くマスクを剥いでしまいました。
もちろんマスクを剥がされた死神はもう死神ではありません。即座にレフリーが試合を止め、あべちゃんは森の中で一人、ガイコツのマスクを右手に持ったまま、誰もいなくなった暗がりに立ち尽くしていました。チャンピオンベルトもなく、チャンピオンベルトを巻いてくれる人も、それを祝福してくれる人もいない孤独な勝利。それは敗北と同義なのでした。あべちゃんはふと、こんなことが今までに何度かあったように思いました。いや、一度や二度どころじゃない、何十回も、何百回も、同じことを無限に繰り返しているように思えてなりませんでした。
手にはガイコツのマスクがありました。まだほんのりと温かさを残した、正視に耐えないほど醜いそれを、あべちゃんは生まれて初めて直視しました。そして、追いかけないと、とあべちゃんは弾かれたように顔を上げました。
ほんとに遅いんだよ、あんたってやつは。この鈍亀! 早くしないと森から出ちゃうよ。森の外に出ちゃったら、もうあたしでもどうにもできないよ。
森の中のいろんなものに蹴躓きながらあべちゃんは走ります。
あ、マスク落としちゃった。
あ、マスク拾った。
あ、マスク、かぶっちゃった。