夏のしにがみ
あれから一年。
妻の様子に変わったところはなかった。
妻とはその後一度もキッチンで鉢合わせになることはなかったし、その話題について切り出す度胸もあべにはなかった。娘が高校に上がり、桜の花びらが舞い散る校庭で妻は言った。
「周りはどんどん変わっていっちゃう。何も変わらないのは私たちだけね」
それは娘の成長を喜ぶ親の言葉であるはずだった。しかしあべは、彼女のほんの少しだけ上がった口角に、彼女の拭いきれない自虐を感じた。
五月に入り、学校帰りの娘に何気なく声を掛けた時のことだった。どう、学校はうまくいってる? そんな年頃の娘に対するぎこちない会話の取っかかりを娘は軽く流し、ぶっきらぼうにスマートフォンの画面をあべに見せた。画面にはEOSを肩から提げたオタクの群衆が映っていた。あべが困惑していると娘が言った。
「真ん中。青いの」
オタクの中心をよく見ると、そこには露出多めの戦隊もののコスプレイヤーの姿があった。画像を拡大するまでもなかった。妻だ。間違いない。
あべは娘の顔を見た。娘は黙って首を振った。「あたしは何も聞いてません」という意味だろう。
「ひょっとして、これもパパが?」
「ううん。あたしが勝手に見つけた」
あべは絶句した。そして、娘はどこまで知っているのだろうと思った。妻と娘だけが知る秘密などいくらでもある。その女同士の友情とでも言うべき結束力に舌を巻いたことがこれまで何度もあったのだ。
「やっぱりパパ知らなかったんだ」
「うん」
「いつも教えてくれるのに、なんで今回だけ何も言わへんのかなって」
いつも?
あべは平静を装って娘に聞いた。
「ママのコスプレ、これまでで一番好きなのは?」
娘は、うーん、と腕を組んで真剣に悩み、何かブツブツと呟いて、やがてぱっと明るい顔になって言った。
やっぱり死神かな!